シニアペットと暮らして

妹はおばあちゃん

ミルクちゃん・11歳
公募
BOOK掲載

著者/望月麗

「後から生まれて来るのに先におばあちゃんになっちゃうのはだーれだ?」

10歳の頃だったろうか、一人っ子だった私に妹ができた。
初めて来た日、一緒に写真を撮った。幼い私に抱っこされる小さなイエローのラブラドールレトリバー。ぽやーんとした表情、抱き上げられ垂れたしっぽと大きなお耳。「お花屋さん」の紹介で、我が家にやってきたのだ。

我が家に来たころ。ここから一緒に成長する。

我が家で迎えた生き物は、ハムスター、ハムスター、ハムスター…歴代5匹が庭に眠る。
ずっと犬と暮らしたかったが、サンタさんにお願いしたら、翌朝枕元にあったのは『犬図鑑』。
夢が叶ったのはそれから数年後だった。

生き物と暮らす中でいつも恐れるのは「この幸せが終わってしまう日」が来ることではないだろうか。
いつか、人だって死ぬ。平穏に過ごすことができれば、老いたものから順番に。
ところが犬猫はどうだろう。
10年も家族として過ごし、後から来たのに先に歳をとっていく。ハムスターの1、2年だって辛いのに、まして10年も一緒に過ごして先に死んでしまうなんて。幼い日に考えたクイズは、口にしたら認めてしまう気がして、ずっと言えないままだった。

遊び盛りのころ。おもちゃを前に目がキラキラしている。

妹とはいつだって分け合った。
アイスクリームは手に取って、古くなったタオルは結び目を作っておもちゃ代わりにして。
何をあげても全力で喜ぶ、サプライズする側からすれば、こんなに嬉しいターゲットはいない。
だが、年月を経て喜び方も徐々に変わっていった。
8歳過ぎればシニア犬、振りすぎてぶつけていた尻尾の可動域は狭く、食べ物は相変わらず好きだったが、おもちゃへの興味はなくなった。いつか終わりが来る、そう予感した。

私の不安の当たる日が来た。
あと2ヶ月で12歳になるという頃、妹は動けなくなった。心臓に水が溜まっていた。「助かるか分からない」という前置きのもと、動物病院で処置を受けて家に戻った。
知らせを受けて帰省すると、妹は痩せた体を横たえていた。麻酔は切れているのかいないのか、うっすら目を開け身動き一つしない。その夜は隣に布団を敷いた。
翌朝、目に少し輝きが戻った。垂れ耳をめくり、おーいおーいと話しかける。反応はいまいちだったが、「じゃあ大好きなアイスでも…」と言った瞬間、動けない身体はそのままで、頭だけムクッ!と起きあがった。母と涙が出るほど笑ったが、嬉しさ半分、寂しさ半分だった。

シニア期。穏やかな表情も愛おしい。

その日から約1ヶ月、介護生活が始まった。ずいぶん痩せて頭もとんがってしまった。
「危ないから抱っこしちゃダメ」と言われていたのに軽々抱っこできるようになったのは、私が大きくなったのか、妹が軽くなったのか。
昔、家族がしゃがむとおんぶして欲しそうにじゃれてくることがあった。シニアになってようやく抱っこもおんぶもしてあげられるようになった。

亡くなる数日前、知り合いの「お花屋さん」に挨拶しようと出かけた。お花屋さんは妹を引き合わせ、成長を見守ってくれただけでなく、お店の看板犬「びーちゃん」「はなちゃん」が先輩犬として遊んでくれた。2匹は黒のラブラドールレトリバー。はなちゃんは1年前に亡くなっていた。
お花屋さんは、着いてみると休業日だった。せっかく来たからと、すっかり弱った妹を抱えて車から降りた。すると…なんと花いっぱいの駐車場を、妹はトコトコ歩き出したのだ。母がピンクのハーネスとオムツを支えると、嬉しそうににっこりハアハアして。
後で分かったが、その日はびーちゃんが亡くなり店を閉めていたらしい。
あの時、きっと、見えないびーちゃんはなちゃんが、遊んでくれていたんだよね。

冬は毛布たっぷりの部屋でぬくぬくと。

シニア犬と過ごして気がついたのは、世の中では子犬が目を引く一方、同じだけシニア犬と共に暮らす心優しき人たちがいるということだ。
ある夜、道を歩いているとゴロゴロとカートを押して散歩する人がいた。すれ違い様にちらりと見ると、身体が不自由なのか、横たわっているが嬉しそうに景色を眺めるゴールデンレトリバーがいた。
またある時は、外出先の休憩所で小型犬を連れた人がいた。何となく声をかけ、話をするうちにその人が胸元からペンダントを出した。小さなカプセルの中には、先代犬の骨が入っているのだと言う。「ずっと前に亡くなった犬だけれどこの悲しみは何かに代えられないし、代えなくてもいいんだよ。」

「歯磨きできたよ!」の笑顔。

一緒に暮らし始めた頃は、いつかシニアになること、いつか死んでしまうことが怖くてたまらなかった。
でも、それは違った。
亡くなって5年経つ今でも悲しみは消えないが、写真を見返すたび、家の中で彼女の痕跡を見つけるたび、愛おしさがどんどん増していく。
犬は、その愛くるしい存在感で最期の時のその先まで一緒に過ごしてくれる。なんて最高のパートナーなのだろう。

今は生き物を飼うことができない状況だが、環境が整い責任を持って最後まで寄り添える時が来たら、また犬と共に暮らしたい。
どちらが先に歳をとっても、かわいい弟妹に間違いないないのだから。