シニアペットと暮らして

拝啓 親分さま

ナナ・16歳
公募

著者/黒宮幸子

2020年7月、我が家の愛娘ナナは16歳になりました。

私が26歳のときに妹としてやってきたナナ。
小さい頃から人一倍ならぬ、人百倍元気でお転婆だったナナ。

家の柱はネズミのようにかじり、人のお気に入りだったサンダルのヒールも噛み砕き、静かだと思ったら玄関から靴をエッサホイサ運んできて枕元に並べて寝るわ、洗濯物を集めていると洗面所のタオル掛け目指して高飛び選手のように飛びつき、片っ端からタオルを引っ張り落としてドヤ顔の毎日。
それはそれは、下手なオリンピック選手より見事でした。

…もう子犬から育てる才能はうちにはないかも、と家族みんなで悩んだくらいでした。

遊ぶときも全力、食べるときも全力、寝るときもトイレのときですら全力。いつも賑やかで元気で、ナナのおかげで我が家は笑いが耐えない笑顔いっぱいの家になりました。
そしていつの間にか、妹だったはずのナナには手下に認定されてしまった私。
でもナナのおかげで本当に楽しい毎日です。

15歳のお誕生日

病気知らず、怖いもの知らず、10歳まで本当に病院にお世話になることもなく元気に過ごしてきたナナが、10歳のとき初めて大病を患いました。
10歳の冬、抱っこしていた私の小指に当たったはっきりとした嫌な硬い感覚。

なぁちゃん、お腹に何かできてない?
ニキビでもない、出来物やイボでもない、素人でも触ったら一発で良くないものだと感じる手触り。乳腺腫瘍でした。
飼い主もナナも初めてのことで、不安いっぱいでナナがいなくなってしまったらどうしようと恐怖に苛まれました。

でも流石ナナ、しっかり乗り越えて頑張りました。
もちろん、次の日にお見舞いに行ったら術後と違って麻酔から完全に覚めていたため、置いて帰ったことを根に持ってあとでとても不機嫌だったというナナらしいエピソードも忘れません。

その後は、検査で病院との縁は切れなくなったものの、無事元気に16歳になりました。
15歳を超えたあたりから体調を崩すことが出てきて、メニエル、熱中症などナナの苦しい時間も増えてきました。

16歳になりました!

そして今は、腎臓の数値が悪化して療法食で頑張ってます。
でもこれも、乳腺腫瘍の術後6年間ずっと毎月続けている血液検査で、本当の初期段階で気付けたことでした。
まだ何も症状のない初期段階だったので、乳腺腫瘍の術後の検査を続けていたおかげで、早く気付いて対処できたのは不幸中の幸いだと思います。
今は点滴に通って療法食や食事に気を付け、ナナが頑張って療法食を食べてくれることで数値を保てて元気に暮らせています。

寝ている時間が増えて、ぼーっとしている時間も増えて、あぁおばあちゃんになったなぁと感じることも増えました。

でも、あのやんちゃでムクムクだったパピーの頃より、若くてアクティブでたくさん一緒にお出かけした若い頃より、今はその何百倍も何千倍も可愛くてキュートで愛おしいのです。

赤ちゃんのときと同じ無邪気な笑顔で、ちょっと覚束なくなった足で、一生懸命走ってお散歩したり遊んだり、ナナはいつもいつも生まれてからシニアになった今も本当に頑張り屋さんで全力で諦めない子です。

すぐに辛くなって立ち止まったり諦める私に、そんなんじゃだめだぞーって16年間ずっとカツを入れてくれる頼りになる妹なのです。

今でも病院に行けば先生に、ナナちゃんはいつも元気だよねーっと言われるほど元気です。
16歳とは思えないほど、お散歩もしっかり走り回りアクティブなので、なぁちゃんお願いだからおばあちゃんなんだから無理しないでー!と止める事もしばしば。

ホームセンターの写真撮影会にて

目も見えなくなってきたけど、あれだけ暴れまくってた我が家、ナナにはなんてことないよね。

あなたは笑っていてくれたらそれでいい。
あなたがいてくれる限り、私達が全力で守るから。

小さい頃から大好きだったお歌を歌うことも、今は自分でおもちゃの音が鳴らせなくなって歌えなくなってしまったよね。

でも大丈夫だよ!なぁちゃんにダメ出しされても、手下の私が何度でも鳴らすから。
鳴らし方が下手で気が乗らなくても、しょうがないなぁーって笑って、ずっとずっとお歌を聞かせてよね!

なぁちゃんができなくなったことは、みんなが支えて行くから何も心配しなくていいよ。
これからも手下の私を、ずーっとずーっとアゴでこきつかってよね!!

なぁちゃん、私もおばちゃんになりました。
だから焦らずゆっくりゆっくり、一緒に生きていこう。
なぁちゃん大好き。ずっとそばで笑っててね。