シニアペットと暮らして

愛おしき時間

菜々子・14歳
公募
BOOK掲載

著者/島谷浩資

14年前、知人のお婆さんが独り暮らしの寂しさゆえ、1匹の雌の子犬をもらってきた。彼女は子犬に菜々子と名付け、普段は「ナナ」と呼んで溺愛した。ところが彼女は犬に関する知識は皆無だった。小さな犬小屋に短い鎖で繋がれたナナは、散歩に連れて行ってもらったことは1度もなかった。飲み水を入れた器は置きっ放しで、内側は藻で緑色になり、ボウフラが泳いでいる始末。衛生環境は最悪だった。

ナナ11ヶ月。ナナを引き取る前の、まだお婆さんの家にいる時の写真です。いつもこのように嬉しさ全開で散歩を楽しみに待ってくれていました。

そんな現状を私が知ったのは、ナナがもうすぐ1歳になる頃だった。お婆さんに必要な知識を教え、散歩は私が自転車での出勤途中(かなり遠回りだったが)、週に3回連れて行くことにした。
ナナは私との散歩を本当に楽しみにしてくれた。毎朝私の来る方向を今か今かと見続け、遠くに私の姿が見えると、後ろ脚で立ち上がり、前脚を揃えて招くように激しく動かした。満面の笑みのその姿に私もおのずと笑顔になり、ナナとの散歩は仕事前の楽しみになった。

ナナ4歳3ヶ月。うちに来た頃は肋骨が浮き出るほど痩せていましたが、しっかり太って毛並みもとても良くなりました。とてもエネルギッシュです。

それから1年余の2008年11月、お婆さんはナナを手放す決心をし、ナナは私の娘になった。本当は家の中に入れてやりたかったが、家の中にはすでに、ナナと同い歳の保護猫が2匹いたので無理だった。その代わり、庭の物置の中に犬小屋を置き、塀で囲まれた敷地内で放し飼いにした。
ナナを生まれて初めての動物病院へ連れて行くと、痩せ気味だが概ね健康状態は良好だった。が、心配していた通り、心臓にはフィラリアが寄生していた。
それが関係するのかどうか、これまでにナナは何度も痙攣発作を起こした。幸い、フィラリアは毎月の投薬により5年程で駆除できたが、それからも何度か発作は起こった。
愛する我が子が目の前で四肢を硬直させて痙攣し、酷い時には脱糞まですると、私の不安は頂点に達した。普段は神頼みなど絶対にしないのに、自分の寿命を分けてもいいからどうかこの子を助けて下さいなどと、本気で神仏に懇願したほどだった。しかし昨年の発作の時、てんかんの発作だろうから命に危険はないと主治医に言われ、少しは安心できた。

ナナ11歳8ヶ月。妹のハナと弟のベンジー(後ろ)と共に。私1人で散歩させる時でも、仲良く行儀良く歩いてくれました。3匹揃っての散歩は本当に楽しい時間でした。

ちなみに、ナナを引き取った5年後に、同じお婆さんから引き取った犬のハナ(ナナを手放した1年後にまたしても子犬をもらって育てていた)は、8歳で病死させてしまった。先述の2匹の猫も病死してしまった。両親の死にも泣かなかった私だが、3匹の死には号泣した。たっぷり愛情をかけ健康にも気を付けているのに、なんでうちの子はみんな短命なのかと、妻と2人して本当に落ち込んだ。
そんな中、ナナだけは14年も生きてくれているのだ。しかし、2年前に乳腺腫瘍切除手術を受けてからは、若い時のような活力はなくなった。最近は両眼の水晶体も少し白濁してきたので、ご飯と一緒にサプリを与えている。
それでも、散歩の時の嬉しさと好奇心いっぱいの様子や、庭を駆け回る姿は、人間で言えば80半ばのお婆ちゃんには見えない。
ナナは気が強いので、同性のハナを引き取った時には相性をとても心配したが、ナナはハナを優しく迎え入れてくれた。その1年半後、雄の迷い犬を保護した時も優しく迎え入れてくれた。結局その小型犬は飼い主が見つからず、ベンジーと名付けうちの家族になった。

ナナ13歳10ヶ月。突発性前庭疾患を発症した翌日です。何とか頭を持ち上げるのがやっとの状態です。本当に可哀想で、心底心配しました。

そんな強くて優しいナナが、今年の5月、突然歩けなくなり病院へ担ぎ込んだ。いつものてんかんの発作だと思っていたら、眼振と斜頸が見られ、特発性前庭疾患との診断。翌日には立つことも座ることも食べることもできなくなった。シリンジで何とか水だけは飲ませることができたが、「このまま寝たきりになるのでは」「このまま天に召されるのでは」と心底心配した。ネットで調べると、主治医が言った通り、回復する例も多々あるようで少しは安心した。それでもナナの歳を考えると、不安が消えることはなかった。
しかし、本当にありがたいことに、まる2日間寝たきりだったのが、3日目には何とか座れるようになった。その翌日、寝床から立ち上がり、ふらつきながらも必死で歩いてオシッコをしてきた時には、涙が出るほど嬉しく、ナナを褒めちぎった。
少しずつ食欲も戻った。やがて後ずさりや方向転換もできるようになり、今では発病前とほぼ変わりない程回復した。もちろん薬の効果も大きいが、ナナ自身の気力と生命力には本当に驚かされた。
一時はベンジーだけを散歩させながら、もう二度とナナとは散歩に来られないかもと悲嘆したが、今は以前のように2匹揃っての朝夕の散歩を楽しんでいる。
今回の件で、ナナやベンジーや猫達(家の中には保護して家族になった猫が13匹)との時間が、これまで以上に愛おしくありがたく感じるようになった。
老齢のナナと過ごせる時間はそんなに長くは残されていないかもしれない。だからこそ、その天から与えられた時間をもっともっと大切にして、その時が来れば、ナナにはいっぱい楽しい思い出を胸に天に帰してあげたいと思う。

ナナ14歳1ヶ月。ベンジーとの朝の散歩です。途中の休憩で、冷たい水を飲みおやつを食べた直後の写真です。かなり遠くまで歩けるほど元気になりました。またこうして一緒に散歩できるとは、本当に幸せです。