シニアペットと暮らして

「ありがとう」と伝えたくて

とらちゃん・16歳
公募

著者/海苔巻き

「今まで見てきた中で骨が綺麗に残っています、幸せだったと思いますよ。」
隠坊さんにそう言われ、私は涙を流した。

16年前のある日、風邪をひいたので母と近所の病院へ行った。おじいちゃん先生は大の猫好きで、病院に行く度によく飼い猫の話をしてくれる。
我が家の天井裏には、ねずみが大量発生していたので猫を飼おうと決めていた。どこから貰えばいいのか悩んでいると先生に相談をした。
「1週間前、病院の前に子猫が入った段ボールが置いてあってね、今保護しているから見るかい?捨てられていた時はお腹がとても弱くてね。」
そう言うと、まだ幼いキジ白の子猫を見せてくれた。
「この子がいい!虎柄だから名前はとら!」
とらと私の生活が始まった。

最初はお腹をくだしていたので、動物病院に連れて行ったり、家にある人間用のおむつを切って履かせていた。履かせてもまんざらでもない様子。
ヤンチャ盛りなのか、私が寝ると必ず頬をパクッと噛んでくる。当時小学生だった私は、毎晩とらに泣かされていたのだ。

月日が流れ、大学生になった。
サークルに入り、「趣味は何かあるの?」とお決まりのフレーズを言われる様になった。高校生までは、学校と塾の往復しかしてこなかったので、困り果てていた。
その頃、とらはすっかり家族に溶けこみ、相変わらず捨て猫だった気配を感じさせない態度をとっている。庭に植えてある木で爪研ぎをしたり、ご飯はカリカリとウエットタイプを交互に食べたり、夏になると知らぬ間に人間用のひんやりマットで涼しそうに寝ているではないか。その様子をボーッと見ていると、「とらの日常をかたちで残したい。」そんな感情が芽生えてきた。

数ヶ月後、バイト代でカメラを購入し、暇さえあれば夢中でとらの日常を切り取っていた。ある日、SNSで飼い猫のフォトコンテストを開催しているのを見つけ、これだ!と思い応募。受賞すればカメラ技術も向上するし、キャットフードが貰えるので、とらにもおいしい話である。普段撮影しているからか、撮影中は色々なポーズを決めてくれた。前世はモデルだったのか疑うほどの腕前である。その結果、とらのお陰で受賞する事が出来、尚且つ私の趣味はカメラだと堂々と言えるまでに成長した。

玄関前にて撮影

大学卒業後、社会人になった。
毎日多忙な日々を送り、家と職場の往復の繰り返し。
そんな中で唯一の癒しは、庭でとらの写真を撮ること。相変わらずポーズを決めてくれる私の専属モデルは今日も絶好調だ。たまに、撮影している最中にカメラをすりすりしに来て邪魔をするのはご愛嬌。楽しい日々を過ごしている中、平凡な日々は急に終わりを迎えてしまうとは思いもよらなかった。

庭で日向ぼっこ

ある日から、とらは食欲が低下していった。もう高齢だから喉が通らないのかなと思い、病院に連れて行った。
「お腹に悪性リンパ腫があり、既に大きくなっています。半年は厳しいかな。」
先生に言われた瞬間、呆然と立ちつくした。家に帰り、とらがいない場所で家族皆で泣いた。
病気が発覚してからは、自分でトイレにも行けなくなってきていた。粗相しないよう自力で浴室へお尻を突き出し、踏ん張っている姿が見えた。申し訳なさそうにこちらを見ていたので、とらなりに気を遣ってくれていたのだろうか。それからはおむつ生活が始まった。ご飯の量も少なくなったので、2日に1回は栄養剤を打ちに病院へ通った。

病気が発覚してからの様子

とうとう自分で身動きがとれなくなってきていた。廊下の隅が落ちつく様で、いつもそこで寝ている。その日は珍しく移動したいというので、いつも一緒に寝ていた布団の上に乗せてあげた。何かを訴える様にじっと見つめてくる。
「とらは楽しく過ごせた?ありがとう」咄嗟に、泣きながら感謝の気持ちを伝えた。伝えてからすぐに、「こちらこそありがとう」と目で訴えていたかの様に、とらは一筋の涙を流した。
翌日、いつもの様にとらを撫でて職場へ向かった。仕事を終え、家に帰ると母のすすり泣く声が聞こえる。私は察した。急いでとらがいる場所へ向かうと、目を瞑っていた。撫でてくれるのを待っていたかの様に、まだ体は温かかった。

火葬をし終え、御骨上げの時に隠坊さんが骨を見て驚いていた。どの骨も太くて小さな骨まで綺麗に残っていたので珍しいとの事。お腹が弱くて捨てられていたとらが、虹の橋を渡ってからも褒められていてなんだか清々しい気持ちになった。

この16年間で分かった事は、「猫を飼う」ではなく「猫と暮らす」という表現が正しいという事だ。私が泣いている時は心配そうに擦り寄って来て涙を拭いてくれたり、嬉しくて喜んでいる時はすぐに飛んで来てすりすりしてくれた。一緒に暮らす中で、苦楽を共に出来る家族の一員であると、とらを通して気づかされた。

「行ってきます」今日も仏壇に手を合わせ、職場へと向かう。